父の作品は、「面白い」「親しみがある」と言っていただくことが多くありました。
タイトルもまた、どこか語りかけるようなものが多かったように思います。
『忘れてなるものか』
『起きようよ』
『上へまいります』
『ささえているよ』
『そりゃつぶれるさ』
あるいは、
『「宇宙船」かごの鳥号』
『操作虫(そうさちゅう)』
『いかん、やかん、わからん!』
『ラン ララ ラン』
など、子どもでも覚えやすく、思わず口に出してみたくなるようなタイトルが数多くあります。
父は小学校教員のほかに、中学校の美術と国語の教員免許も持っていました。長年、子どもたちや「みずえ会」の仲間たちと接してきたこともあり、私たちが大人になってからも、何かを説明するときは子どもに話しかけるように、とても丁寧に言葉を尽くしていました。
母や私たちからすると、「そこまで説明しなくても……」と思うほど回りくどく感じることもありましたが、それも父らしさだったのだと思います。
一方で、作品については「見る人が自由に解釈すればいい」という考えを持っていました。
同じような考え方の作家の中には、『作品No.1』や『コンポジション』のような無機質なタイトルを付ける人もいます。しかし父はそうしませんでした。
なぜこうした親しみやすいタイトルを付けたのか、今となっては本人に聞くことはできません。
ただ、長年子どもたちと向き合いながら、父自身もまた子どもたちから多くを学んでいたことと無関係ではないような気がします。
父はよく、「子どもが先生だ」と言っていました。
そうした思いが、作品のタイトルや表現の中にも自然と表れているのかもしれません。