「ジャンプ」―10歳の私への久田淳先生の講評

久田淳先生と桑原実先生の共著『児童画・その見方と指導』には、
私が10歳の時に描いた「ジャンプ」が掲載されている。
そこには久田先生による次のような講評が添えられていた。

10歳の時の作品『ジャンプ』

ジャンプ

すばらしい”ニッポン・デー”であった。

純白の世界にかけた笠谷・金野・青地の三本のアーチ。
それはオリンピック最大の快挙となった。

すなわち、70メートル級純ジャンプで笠谷が一位、金野が二位、青池が三位となって、
金・銀・銅のメダルを日本選手が独占したのである。
どこまでも澄んで、抜けるようなサッポロの2月の空に、日の丸が3本、
君が代の吹奏を背景に、静かに掲げられていく。
おそらく日本人のすべてが胸を詰まらせた瞬間であったに違いない。
素晴らしいまことに素晴らしい”ニッポン・デー”であった。

作品に浮き彫りにされた選手は、45のゼッケンが示すように勇者、笠谷である。
場面は踏み切り直後であろうか。高く、遠くに飛行するための瞬時である。

主題は実に明快である。これほどまでに、主題の明快な絵は珍しい。
それを裏返せば、笠谷らの活躍がもたらした。

快挙が、どれほど深い感動になって、人々の心に刻まれたか、これはその証でもある。
おそらく、作者は、この絵の制作に限っては、
少なくとも、主題を何に絞り、どの程度の大きさで描こうか
などと言う思案はしなかったであろう。

それどころか、何のためらいもなく、下書きを進め、魅せられ、
つかれたように着色したであろう、その様子が、画面の隅々にまで感じられるのである。

組み立ては大胆な対角線からなっている。
交点を手前左端に置いて、画面に変化と動きを出し、さらに観衆の群列で、
いよいよ動きのある画面を作り上げている。
そして、観衆のその流れを、どっしりとしたスキーで止めている。

着色がまた見事である。とりわけ雪の着色が良い。
山に積もった雪と、スキー場の斜面の雪とは異なった色調で描き分け、
多彩で変化のある画面作りに成功している。

また、山の混色と重色によるその着色は神秘感さえ醸し出している。
その神秘感は、あたかも笠谷ら日本選手の栄光を予言しているかのようであり、
”ニッポン・デー”の幕開けを知らせる歓喜の表情でもある。

雪国信州の、そのまた雪深いアルプスの麓町、
信濃大町に住む、作者なるがゆえの感覚であろう。

点描で表した観衆もまた良い。赤・黒・青・だいだいなど、
数色の点描が、観衆を巧みに表している。
一見無雑作と思えるような作業が、歓声とどよめきと拍手とを感じさせるのである。
深い感動から、素晴らしい”ニッポン・デー”をすなおに謳いあげた佳作である。

この絵を描いた時の記憶は、50年以上経った今でもはっきりと残っている。
今読み返しても、絵の上手下手ではなく、
「感動して描いたこと」そのものを見てくださっていたことに驚かされる。

そして久田先生は、その時の私の気持ちや制作の様子を、
まるでそばで見ていたかのように言い当てている。

後年、父・羽田智千代が「子どもに教わった」と語ったことや、
「子どもの絵」展で伝えようとしたことは、
この講評の中にも既に表れているように思う。

子どもの絵を技術や出来栄えで評価するのではなく、
その絵が生まれた感動や心の動きを大切に見ることいかに重要なのかを。

この記事を書いた人

羽田智憲