子供の絵の素晴らしさに筆を折る

30代の頃、
智千代は県展へ油絵を出品し、
入選も果たしていた。

しかし、小学校の児童や
大町みずえ会で子供たちの絵を見続ける中で、
次第にある思いが強くなっていった。

「どうしてこのような発想が出てくるのだろう」
「子供たちの絵にはかなわない」

計算も評価もなく、
ただ描きたいから描く。

その自由さと強さに、
智千代は衝撃を受けた。

そして一度、
自ら筆を折った。

県展の仲間には言われた。
「もう一回とか入選すれば会員になれるのだから今辞めるなんて・・・」
そんなことどうでも良かった。

その後、
長い教員生活を経て、
定年退職後に再び本格的に創作の道へ戻ることになる。

今度は木版画であった。
在職中に関わった日本教育版画協会の影響が大きかったのは事実だろう。

その時の作品は、
油絵が木版画に変わっただけではなかった。

若い頃とは、
まったく違うものになっていた。

1950年代、智千代の油絵

この記事を書いた人

羽田智憲