父・智千代の影響で、
幼少の頃から兄も私も絵を描くことが好きだった。
そして「二科ジュニア展」という、
子供のための絵の展覧会へ応募し、
入選、特選、二科賞に選ばれることが、
ある意味で目標でもあった。
それは父が関わっていた
「大町みずえ会」の子供たちにとっても同じだった。
この展覧会は、
当時二科展会員だった桑原実先生が中心となって始めた
全国規模の子供向けの公募展だった。
ただ、
単なる“うまい絵を選ぶ展覧会”ではなかった。
桑原先生は、
「うまい絵が、
必ずしもいい絵とは限らない」
という考えを持っていた。
だから一般に考えられる
「入選」「入賞」とは、
かなりニュアンスの違う展覧会だった。
父の親友だった久田淳氏は上京後
桑原氏と知り合い、
この展覧会にも関わるようになった。
そして智千代も、
久田氏の勧めで会の手伝いをするようになった。
毎年3月に行われた授賞式の時など上京して手伝っていた。
ただし、
二科ジュニア展は
二科展本体と直接関係していたわけではなかった。
そのため、
桑原先生が亡くなった後、
二科展側から名称についてクレームが入り、
「日本ジュニア展」と名前を変えることになった。
その後、
久田氏が会長を引き継ぎ、
高齢により退いたあとも、
会は2010年前後まで続いていたようだ。
※記憶をもとに書いているため、
事実関係に誤りがあった場合はご了承ください。


