廃屋シリーズ・『山居想刻』への思い

1999年、市立大町山岳博物館での個展の際、
同館発行の『山と博物館』に寄せた文章の中で、
父は廃屋シリーズへの思いを次のように綴っています。

廃屋に惹かれて、10年ほど前、白馬村の西を南北に貫いている
千国街道脇で、朽ち始めたくず屋の民家を見た。

かつては、親・子・孫3世代、あるいは4世代の大所帯で暮らしていたであろう、歴史のいっぱい詰まった立派な家である。悲喜こもごも、心に焼きついている幾つかの思い出の刻まれた家が、間もなく跡形もなく、この地球上から消え失せていくであろうことに、たまらない淋しさを覚えた。

そう思って、改めて、あちこちを歩いてみると、同じように崩れかけたものや、人気のないままにひっそりと建っている幾つものくず屋が目につく。

その中の一軒を、美麻村の街道沿いに見つけ、その行く末を見届けることにした。二年半に亘って、二十数回通った。その時々に見る朽ちていく姿は、老いさらばえた人間の末路と重なって見え、もの言わぬだけに悲しく、やり切れなかった。スケッチする手が震え、カメラの焦点がぶれそうになることもあった。

今思い出しても胸の痛みを覚える。今はそこに近代的な新しい家が立っている。どんな人が、どんな暮らしをしているのだろうか。以前、そこに建っていたくず屋の歴史とどう繋がっているのだろうか。気になるところである。

そして、トキやニホンタンポポを始め、多くの生物が絶滅の危機に瀕している事実にも、思いが広がっていく。

こうした気遣いの中で生まれたのが、廃屋の『山居想刻』シリーズである。
前述のような、重く、やり切れぬ思いを、如何に託すことができるかを、自らに問いつつ制作した。

ある時は、明るい陽光と対比したり、ある時は、どっしりとした蔵をかたわらに置いてみたり、あるときは、夜の帷(とばり)の中において、怪しげな雰囲気をと、考えたりした。わが思いが伝わったかどうか、甚だ疑わしい。

『山居想刻』未だ道遠しの感が深い。そして実景を基にした創作表現のむずかしさを思い知らされている。実景から離れられぬうちは、作者が自らの思いを託すどころか、逆に引きずり込まれ、作者自身が埋めつぶされてしまう結果になりかねないと感じている。

廃屋シリーズを見ていると、父が単に風景を描いていたのではなく、その場所に刻まれた人々の暮らしや時間の流れを見つめていたことが伝わってきます。

『山居想刻』という言葉に込められた思いを、作品から感じ取っていただければ幸いです。

『山居想刻』廃屋シリーズの作品はこちら▼

▶︎『廃屋I』

この記事を書いた人

羽田智憲